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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)11398号 判決

原告 阿部喜太郎

被告 国

訴訟代理人 岡本拓 外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、東京都目黒区上目黒八丁目六百六十番地宅地三百六十七坪二合二勺の内百六十三坪六合三勺六才(以下それぞれ払下土地及び本件土地と略称する)につき、昭和二十六年三月二十九日附売買による所有権移転登記手続をすべし。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として、且つ被告の主張に対して、次のとおり述べた。

(一)  原告は昭和二十六年三月二十九日被告から、その所有の、本件土地を含む請求の趣旨記載の払下土地を、代金四十万三千九百四十二円で買受け(以下本件売買契約と略称する)、その所有権を取得した。よつて請求の趣旨記載の判決を求める。

被告の主張事実中、被告主張の頃被告の原告に対する昭和二十六年十二月十日附書面が到達したこと、被告が右書面で原告に対し、同月二十五日までに本件売買契約の代金残額十八万円を支払うよう催告したこと、原告が右期間内に右金員を支払わなかつたこと、被告主張の日原告が訴外坂本新次との間に本件土地の売買契約(売買の目的物は本件土地を含む二百坪である、以下本件転売契約と略称する)を締結したこと、坂本が原告から本件土地の引渡しを受けたこと、右地上に坂本名義及び栗原名義の各一棟の建物が存在すること、被告主張の頃被告の原告に対する昭和二十七年一月十日附書面が到達したこと、被告が右書面で原告に対し、原告が本件売買契約で定められた用途以外に本件土地を使用した(以下用途指定違反と略称する)ことを理由として右契約中本件土地に対する部分を解除する旨の意思表示をしたことは認めるが、右代金残額の支払いにつき原告に履行遅滞の責があること、前示昭和二十六年十二月十日附書面が催告期間内の不履行を停止条件とする契約解除の意思表示を含んでいたこと、坂本に対する本件転売契約が用途指定違反であることは否認する。以下目及び四において述べる理由により、本件売買契約は本件土地に対する部分についても解除されていない。

(三)  代金債務履行遅滞を原因とする契約解除について

被告の原告に対する昭和二十六年十二月十日附書面には代金債務の一部不履行を原因とする契約解除の意思表示は含まれていなかつた。

仮に被告の原告に対する右書面が被告主張のような催告期間内における代金債務の一部不履行を停止条件とする契約解除の意思表示をも含むものであつたとしても、次のいずれかの理由によつて契約解除の効果は生じない。すなわち

(イ)  原告は被告に対し、本件売買契約代金中先づ八万円の支払いを済まし、次いで被告の催告により昭和二十六年八月十二日残額三十二万三千九百四十二円を、被告の売買契約担当機関である関東財務局目黒出張所に持参して支払いのため提供したが、被告は代金残額のうち十八万円を坂本が、その余を原告がそれぞれ分納すべきことを原告に強要して右金員を受領せず、受領遅滞におちいつたから、それ以後は原告に履行遅滞の責はなく、被告は解除権を取得しない。

(ロ)  原告は昭和二十六年八月十七日被告に対し更に本件売買代金中十四万三千九百四十二円を支払い、越えて同年十二月十六日前示目黒出張所第二業務課長亀山精二を介し被告から、代金残額中五万円の支払及び誓約書の差入れを条件として、その余の代金の支払いを昭和二十七年三月末まで猶予する旨の承諾を得たので、昭和二十六年十二月二十四、二十五の両日右目黒出張所で被告に対し、右金五万円及び誓約書を提供した。従つて原告に履行遅滞の責はなく、被告は解像権を取得しない。

(ハ)  被告は本件売買代金残額十八万円につき前記のように一旦自らの発議で坂本が原告に代つて支払うように原告に対し分納を強要しておきながら、坂本が履行しないとなると年末で資金難にある原告の窮状を知りつつ突如短期間内に右金員を支払うべきことを催告し、原告が取敢ず五万円を提供するなど誠意を示したに拘らずこれを無視して契約解除を主張するに至つたが、これは解除権の濫用であり、解除の効果は発生しない。

(ニ)  右解除は、前示目黒出張所が上司の命に反し、、名を代金債務履行遅滞に籍り、その実は坂本の利益を図り本件土地を同人に利用させようとする不法目的に出たものであつて、無効である。

(四)  用途指定違反を原因とする契約解除について

用途指定違反を原因とする被告の契約解除の意思表示は有効な催告がないからその効力を生じない。

仮に右主張が認められず右の場合における契約解除は催告を必要としないものであつたとしても、原告には用途指定違反はない。原告は昭和二十二年以来本件土地を含む払下土地上に簡易建築による工場を建設して輸出ミシン製造及びモーター製造業等を営んで来たが、業績頓みに挙つて昭和二十三、四年頃から設備の拡張をすることが急務となつていた折柄、たまたま坂本から本件土地(当時なお空地のままであつた)を住宅建設のため使用させるならば、金融販売面で右事業に協力しようとの申入れを受けたので、事業運営の便宜のため右申入れを承諾し、本件土地上に協力者である坂本が自己の住宅を建設することを許し、なお将来万が一にも紛争の種を残さぬため本件土地を同人に売渡す形式をとつたのである。従つて被告の主張するように利益を得ることを目的として転売したわけではなく、用途指定違反はないから、被告は契約を解除することができない。

仮に以上いずれの主張も認められず、原告に用途指定違反があり、これを原因とする解除は催告を要しないものであつたとしても、次のいずれかの理由によつて契約解除の効果は生じない

(イ)  被告は昭和二十六年五、六月以来用途指定違反にあたるとする事実の存在を知りながら、同年八月十二日、本件売買契約代金残額を原告と坂本との間で分担して支払うようあつせんし、その後坂本が分担金を支払わぬことになると、改めて原告に対し同年十二月末頃に至るまでしつこくこの分の支払いを督促し続けたのであるから、被告はこの間において原告が本件土地に千してやつたことを承認し、用途指定違反を原因とする解除権を放棄したものである。

(ロ)  本件転売契約締結後坂本は原告に対し次のように数々の重大な背信行為をした。すなわち、坂本は、昭和二十六年三月二十四日、さきに原告に支払つた転売代金の内金十二万円を原告の使者として銀行預金にする際偽りの印鑑を使用し、同年四月三日右預金四万円をほしいままに払出して自己の用途に費消したり、原告が本件土地に建設した工員宿舎をほしいままに栗原久仁名義として学生五名を入れ、多額の権利金を取り立てて自己の用途に費消したり、原告に秘して同年五月頃目黒出張所職員に対し転売契約書を示し、原告は用途指定に違反しているから原告との売買契約を解除して直接自己に払下げるよう猛運動したりなどした。その結果、昭和二十六年五、六月頃から両者の間に紛争を生じ、原告は同年九月二十五目右契約を解除した。これによつて用途指定違反の事実は解消したから、被告がその後に原告に対してした解除はその効果を生じない。

(ハ)  被告は、当初は、本件転売契約なるものを目して前示(四)のはじめに述べたような特殊事情に基くものであり実質は転売ではなく用途指定違反でないとして容認し、原告に対し、本件売買代金の支払いを督促していたに拘らず、その後に至つてにわかに用途指定違反であるとしてこれを理由に本件売買契約解除の意思表示をした。このようなことは信義則又は禁反言の原則に反して許されない。解除は無効である。

(ニ)  右解除は前示目黒出張所が上司の命に反し、名を用途指定違反に籍りその実は坂本の利益を図り本件土地を同人に利用させようとする不法目的に出たものであつて、無効である。

結局本件売買契約は本件土地に対する部分についても解除されていない。

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、次のとおり答弁した。

原告主張の請求原因事実中、原告主張の頃原被告が原告主張の払下土地につきその主張の代金で売買契約を締結したことは認める。しかしながら右契約は本件土地に対する部分につき被告の原告に対する次のいずれかの契約解除の意思表示によつて解除された。

(一)  代金債務履行遅滞を原因とする契約解除

原告は右売買代金の内十八万円を支払わないので、被告は原告に対し、昭和二十六年十二月十日附その頃到達の書面で、同月二十五日までに右金員を支払うよう催告するとともに、不履行の場合には本件売買契約中本件土地に対する部分を解除する旨の催告並に停止条件附契約解除の意思表示をしたが、原告は催告期間内に右金員を支払わなかつたので、右期間の経過とともに、本件売買契約中本件土地に対する部分は解除された。

(二)  用途指定違反を原因とする契約解除

被告は、本件売買契約締結に当つて、原告の事業が輸出振興に寄与するものであり、且つ原告が本件土地を含む払下土地を前から占有していたという特殊な事情をしんしやくして特に随意契約の方式を採用した干係上、原告との間に、「原告は契約締結後十箇年間は払下土地を専ら輸出ミシン修理、改良、試作、研究等を目的とする工場並びに工員寄宿舎の敷地として使用しなければならず、若しこれに違背するときは、被告は契約を解除することができる」旨の特約を結んだ。

しかるに原告は、既に右契約締結前である昭和二十六年三月十八日、訴外坂本新次との間に、本件土地を代金二十万円で売渡す旨の売買契約を締結して、これを引渡し、ひいて坂本がその地上に自己の家屋一棟を建築するほか、栗原久仁にも家屋一棟の建築を許すという事態を発生せしめて、前示用途指定の特約に違反した。よつて被告は昭和二十七年一月十日附その頃到達の書面で原告に対し、本件売買契約中本件土地に対する部分を解除する旨の意思表示をした。

よつて、本件売買契約は本件土地の部舟に関する限り解除された。

原告が右両解除の効力を否定する理由として主張する事実中、原告が被告に対し本件売買代金のうちまず八万円を、次いで原告主張の頃十四万三千九百四十二円を支払つたこと、被告が原告と坂本との間の本件転売契約の存在を知つたこと(但しその時期は昭和二十六年八月上旬)、原告主張の頃被告が本件売買代金のうち十八万円を坂本が分担することを認めたこと(但しその時期は昭和二十六年八月十四日頃)、坂本はこの分担金の支払いを実行しなかつたこと、そのため被告がその後原告に対し代金残額の支払いを督促してきたことは、いずれもこれを認めるが、その余の事実は否認する。契約解除の効力を否定する原告の各主張はいずれも理由がない。

本件売買契約解除に至る経緯は次のとおりである。

被告は当初「本件土地上に建築される家屋は原告が指定事業の協力者である坂本を居住きせるために建築するものであつて、原告の所有に帰するものである。」との原告の言を信じていたため原告と本件売買契約を締結し、且つ代金の支払いを督促してきたのであるが、同年八月上旬頃始めて原告と坂本との間に本件土地の転売契約が結ばれておりそれをめぐつて紛争が起つていることを推知した。よつて被告は同月十四日頃右両名に対し右転売契約を容認できない所以を説明し、用途指定遵守の線に沿つて紛争を解決するよう勧告した結果、原告も了解の上で、坂本は、本件売買代金残額のうち十八万円を原告に出資する趣旨の下に、原告の名において分担支払うこととなつたのであるが、遂に両者間の紛争は解決せず、代金も完済されるに至らなかつた。しかもその頃には両者間には原告主張のような協力千係は全く存在せず、原告は本件土地を予め利益を得て坂本に転売することによつて本件売買契約代金全部を捻出しようとの計画の下に被告から本件払下土地を買受けたものであることが判明したので、被告は、もはや用途指定違反、代金支払未済の状態を放置できないと考えて、前示催告並に契約解除の措置に出たものである。

ちなみに原告と坂本との間に前示内容の転売の事実が存在したこと自体が用途指定違反となるのであつて、たとい後日に至り本件転売契約が解除されたとしても、遡つて違反事実が消滅するわけのものではないから、解除権の行使は妨げない。のみならず、現在においても本件土地上には坂本及び栗原が各自の家屋を所有し用途指定違反の状態は存続しているのである。

結局本件売買契約は本件土地に対する部分に限り解除されたのであるから、原告の請求は棄却さるべきである。

〈立証 省略〉

理由

原被告間に、昭和二十六年三月二十九日、被告所有の、本件土地を含む東京都目黒区上目黒八丁目六百六十番地宅地三百六十七坪二合二勺につき、代金を四十万三千九百四十二円とする売買契約が締結されたことは、当事者間に争いがない。

よつてまず、右売買契約中本件土地に対する部分が、被告主張のように用途指定違反を原因として解除されたかについて、判断する。

本件売買契約において、原告は契約後十箇年間払下土地を専ら輸出ミシンの修理、改良、試作、研究等を目的とする工場並に工員寄宿舎の敷地として使用すべき義務を負担し(用途指定)、もし用途指定に違背したときは、被告は、本件売買契約を解除することができる旨相約したことは、原告において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。被告が昭和二十七年一月十日附その頃到達の書面で原告に対し、用途指定違反を理由として本件売買契約中本件土地に対する部分を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

以下、原告が右契約解除の効果を否定する各主張の当否について検討する。

(イ)  催告を必要とするか否かについて

原告は被告の解除の意思表示は有効な催告を欠くから無効であると抗争する。然しながら用途指定の特約によつて原告が被告に対し負担する義務は売買契約に基く本来の債務ではなく、かつ一旦違背すればその後履行という問題を生じない性質のものであるから、原告のこの主張は理由がない。

(ロ)  用途指定違反の有無について

原告が昭和二十六年三月十八日坂本との間に本件土地につき代金を二十万円とする売買契約を締結したこと、坂本が原告から本件土地の引渡しを受けたこと、その土地の上に坂本名義及び栗原久仁名義の各一棟の家屋が存在することは、当事者間に争いがない。

そして、乙第一ないし第三号証(真正にできたことに争いがない)と証人野々山新平、坂本新次、有保昇、岩波織人、亀山精二、赤野賢造、阿部百合子、原告本人の各供述とを考え合せると、次のような事実が認められる。

原告は、昭和二十二年頃、本件土地を含む東京都目黒区上目黒八丁目六百六十番地宅地三百六十七坪二合二勺を訴外本田トヨの所有に属するものと考えて、同人から借受け、その地上に工場を建設し、輸出ミシンやライターの製造をしているうち、右土地の真の所有者が被告であることを知るに及び、昭和二十五年十二月二十日関東財務局目黒出張所を経て、被告に対し、右土地の売払申請をしたが、たまたまその頃坂本から知人野々山を介して、右土地の内未だ空地のままとなつていた本件土地を分譲してくれとの申入れを受けたので、数次の折衡を重ねたすえ、昭和二十六年三月十八日同人との間に、本件転売契約を締結した。原告はかねがね後日被告に対し支払うべき買受代金を捻出するのに苦労しており、右転売契約の主たる目的は坂本から受預すべきその代金を本件売買契約代金の支払いに充当することにあつた。(原告は、近隣の例から見て、被告から買受ける土地の代金は坪当り五百円見当にきまると考え、坂本に対して、坪当り千円の代金で、買受予定地の面積の半ば以上を占める土地二百坪を売却したのである)。右契約の当時、坂本は、本件土地が未だ原告の所有に移らず、被告の所有に属しているものであることは承知していたが、売払いの場合には用途指定を受けるものであることは知らず、何はともあれまず敷地を確保して家屋の建築にとりかかることを急いでいた。昭和二十六年三月二十九日原被告間において本件売買契約が締結せられたが、これについては、被告は、原告が従来その土地を現実に占有し、その一部において輸出ミシンを製造していたという特殊事情を考慮して、特に随意契約の方式を採用した、このような事情から、一定の期間その土地に対する原告の使用方法を制限する必要ありとして、前示用途指定の特約が結ばれたのであつた。一方原告は被告に対し、右転売の事実をかくし、坂本を自己の事業の重役であるとふれこみ、坂本もこのような原告に調子を合せながら原被告間の本件売買契約成立前からいち早く本件土地上に家屋の建築にとりかかり、同年七月終頃には前示二棟の家屋夢完成させたが、事実は、原告と坂本との間には指定事業につき取り立てていうほどの協力関係がなかつた。このように認められる。

以上のような事実関係である以上、原告は指定された用途に違背して本件土地を使用したと認むべきである。

証人阿部百合子及び原告本人の各供述の中には右認定に反する部分があるが、前示各証拠に照し信用することができないし、他に右認定を覆すような証拠はない。

(ハ)  解除権放棄の有無について

原告は、「仮に原告に用途指定違反があつたとしても、被告は昭和二十六年五、六月頃以来その事実を知りながら同年十二月頃に至るまで本件売買契約を維持し、原告に対し代金の支払いを督促し続けたのであるから、この間において用途指定違反にあたる事態を承認し、これを原因とする解除権を放棄した」と抗争するが、右事実を認定できるような証拠はない。かえつて証人坂本新次、岩波織人、亀山精二、赤野賢造の各供述を考え合せると、次のような事実が認められる。すなわち、前示目黒出張所では、昭和二十六年八月中行われることになつていた会計検査にそなえて同月初頃原告に対し本件売買代金残額の支払いを督促した際に本件転売契約が締結されていること及びこれに関連して両者間に紛争が起りそのため本件売買代金の支払いが遅延していることを知つたので、右転売契約の存在をとり上げて本件売買契約を全面的に解除すべきか、或はまた、すでに払下土地上に家屋が建つている事態を尊重し、原告が今後坂本と協力して事業を経営し、且つ代金の支払いを果すという態度を示す限り、当分の間その出方を監視することにすべきかそのいずれをとるべきかについて関係者間で協議を重ねたが、さしあたり代金の完済を図ることが急務であり、直接原告らにあたつて調査する必要があるということに決し、同月十五日頃原告及び坂本の両名を招致し、代金残額の支払いを督促し、且つ両名の間における紛争の実情について聴取した。その結果、原告の触れ込みどおり両名はなお原告の事業について協力関係にあり、右紛争も当事者の間で何らかの解決に到達するであろうとの見通しを立てるに至つたので、右目黒出張所では、代金完済となり然も用途指定の条件にもかなう解決策として、払下土地の所有権を取得する者は依然原告とし、一方原告と坂本との各使用区分に応じ(当時は払下土地のうち二百坪を坂本が、その余を原告が使用していた)坂本においても代金中の相当額を出捐することにしてはどうかと助言し、その結果、原告があと十四万三千九百四十二円、坂本が十八万円を分担することに話合いがついた。

ところが坂本は一旦被告の右申出を受入れたものの、その頃には本件売買契約については用途指定の特約があることを了知していたので、本件転売代金として既に支出した八万円に加えてさらに右十八万円を出捐するに拘らず払下土地がすべて原告名義となるということに不安を懐くようになり、同年十月一日頃前示目黒出張所に至り、原告から何らかの保証が得られるまでは本件売買代金に充当しないようにと依頼したうえで、金十八万円を同出張所に預託した。たまたまその頃坂本が原告名義の預金四万円(転売代金としてさきに坂本が払つたもの)を原告の知らぬまに払出していたことが原告に知れ、原告が坂本を告訴する等の出来事が発生して、原告の態度は頓みに硬化し、同年十二月に入つて原告は前示目黒出張所に対し、自ら代金残額を支払うから坂本の預託金十八万円は代金として受取らぬようにしてくれと申入れ、且つ坂本との間の紛争は自己の責任において解決すべきことを確約した。

この間被告(目黒出張所長以下の職員)としても原告及び坂本に対し度々紛争の解決と代金の完済方を督促しなお紛争については原告の自主的解決に期待していた。ところが依然として事態は好転しないので、被告は同年十一月末頃に至り、本件売買代金中十八万円を坂本に負担させる案を解消し、改めてこれを原告自身に友払わせることとし、その旨督促し、次いで同年十二月十日附書面で原告に対し紛争の解決並に代金完済につき最後的催告をしたが、原告は遂にそのいずれをも果さず、原告と坂本との紛争は全く解決の見込みを失い、原告の用途指定違反は動かすことができない事実となつた。ここにおいて被告はついに用途指定違反を理由として本件売買契約中本件土地に対する部分を解除する挙に出た。このような事実が認められる。

すなわち、被告は終始一貫、本件土地の使用方法が用途指定の線を外れぬように希求しつつ、原告と坂本間の紛争を調停することに尽力し、かたがた売買代金の完済を督促するという態度を持続したのである。このような場合には用途指定違反の事態を被告が承認したものとはいえず、従つて解除権放棄の事実も存在しないと認めるのが相当である。証人阿部百合子及び原告本人の各供述のうち右認定に反する部分は前示各証拠に照し信用することができないし、他に右認定を覆すことができる証拠はない。原告の解除権放棄の主張は理由がない、

(ニ)  転売契約解除により用途指定違反が解消したかについて

原告はまた、「仮に用途指定違反があつたとしても、本件転売契約は昭和二十六年九月二十五日原告がこれを解除したから、用途指定違反は解消し、その後に被告が原告に対してした本件売買契約中本件土地に対する部分の解除の意思表示は、その効果を生じない。」と抗争する、然しながらさきに(ロ)において認定したとおりの用途指定違反の事態が発生したという事実そのものは、たとい右転売契約が解除されたからといつて抹消することはできないし、右違反の結果本件土地上には前示のとおり依然として坂本及び栗原名義の各一棟の家屋が存在するのであるから、右転売契約解除の効力について判断するまでもなく、原告の右主張は理由がない。

(ホ)  解除は信義則又は禁反言の原則に反するか否かについて

原告はまた、「仮に用途指定違反があつたとしても、被告は、当初は、本件転売契約は特殊な事情に基くものであつて実質的には転売ではなく、用途指定違反にはならないとして容認し、原告に対して代金の支払いを督促しておきながら、後日にわかに用途指定違反なりとしてこれを理由に契約解除の挙に出たのであつて、これは信義則又は禁反言の原則に反して許されない。」と抗争するが、右事実を認めさせるような証拠はなく、本件売買契約の締結から一部の解除に至るまでの間のいきさつがどのようであつたか、被告の態度はどのようであつたかは、さきに(ロ)、(ハ)において認定したとおりであるから、原告のこの主張も理由がない。

(ヘ)  解除は不法の目的を以て行われたかについて

原告は更に「仮に用途指定違反があつたとしても、被告の契約解除の意思表示は、名を用途指定違反に籍り、坂本の利益を、図つて本件土地を同人に使用させようとの不法の目的に出たものであるから、無効である。」と抗争するが、右事実を認めさせるような証拠はなく、本件売買契約締結から解除に至るいきさつは前示(ハ)において認定したとおりである。原告のこの主張も理由がない。

以上判断したとおり、本件売買契約中本件土地に対する部分につき被告が原告に対してした用途指定違反を理由とする契約解除の意思表示は、原告に用途指定違反があり、右意思表示の効力を否定する原告の主張がいずれも理由のないものである以上、有効であり、本件売買契約は本件土地に対する部分に限り解除されたものと認むべきである。

本件売買契約が解除された以上、所有権移転登記を求める原告の請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 新村義広 石橋三二 吉田武夫)

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